広井孝臣さん(44)は、幼少の頃に伝統派空手を習い、高校生の時には少林寺拳法を経験。より実戦に近い武道を求めて極真空手の門を叩くなど、強さへの憧れが強い青年だった。ところが、黄帯を獲得後、社会人となり大阪へ赴任してからは道場から足が遠のいてしまう。 それから20年――。子供(娘)も大学生になり、石油会社の製油業務部長としての地位も得た。少しずつだが生活にゆとりが出てきたところへ、自宅の近くに東京ベイ港支部(当時=品川小井道場)がオープンしたニュースが飛び込んできた(2010年)。空手の道を断念したことが、大きな後悔として残っていたのだろう。忘れ去られていた、熱い思いが込み上げてくる。広井さんは、小井泰三支部長の携帯へ連絡を入れて体験入門の許可をもらう。懐かしい思いとともに道場へ足を踏み入れると、小井支部長の丁寧な対応に驚いたという。
「指定した日に道場へ着いたら、『よくお越しいただきました。お待ちしておりました』と言っていただいたんです。そんなことを言って出迎えていただける先生は、なかなかいません。普通は、近くにいた道場生が対応してくれて、『こちらで見ていてください』と案内されるものです。それなのに、先生が案内してくれて、しかも『お待ちしておりました』なんて言ってくれるわけですから、これには驚きましたね」
広井さんは、すぐに入会を決意する。最初は趣味程度に再開したつもりだったが、気づけば週3回も稽古に参加する常連になっていく。まるで学生の頃に戻ったかのように、稽古に明け暮れることが多くなっていった。級位も順調に上がり、シニアの大会にも積極的に出場。たまに通うスポーツクラブではウエイトトレーニングもこなし、最強への道を再び追いかけることとなる。ここまで没頭して、はたして仕事に支障はないのだろうか!?
「会社の同僚には『週3回も空手を習うサラリーマンはいないだろう』って、よく言われます。前日の夜にミット打ちを10ラウンドもやると、さすがに次の日は体が重いですけど楽しいです。今、石油製品の需要が落ちてきて業界は厳しい時期なんですが、ミットを思い切り叩くとストレスが発散できるし、そうした不安を吹き飛ばせるような気がします」
大会の翌日は、必ず、休暇をとって仕事を休むようにしている。試合の疲れを抜くこともあるが、「なにかがあったら会社に迷惑をかけるので」というのが理由だ。仕事が忙しくて残業が続く時は、「途中で抜け出して稽古をしてから戻る」なんて離れ業をすることもあるそうだ。いずれにしても、仕事と空手のバランスをうまくとっているのだろう。 また、空手の経験値があるため、道場では相談役的な立場にもなっている。
「シニアの中でも年齢的には高い方だし、ほかの会員のみなさんよりも空手の経験値があるからでしょうね。30歳を越えてから空手を始めた人も多いので、そういう人たちをリードしたいという思いもあります。だから支部で最初に黒帯を取って、大会で優勝したいですね」
空手をリスタートして約1年半。遅咲きの青春が、満開になる日は近い。