カラテトランスフォーマーPROFILE

 看護師の野村麻由美さんは、武道に憧れを抱いていた。母親が高校生の時に弓道を習っていたため、武道の素晴らしさを小さい頃から聞かされてきた影響があったのだろう。昔から武道には、特別な感情があったという。だが、家の近所に武道の道場がなく、学校の部活にも入っていない。潜在的に武道を意識しているものの、小学生の時は水泳とバスケット、中学生になるとテニス部に入部した。陸上競技大会のリレー走者として選抜されることもあるくらい足が速く、さらに高校では生徒会に入るなど、スポーツと勉強を両立する才女の片鱗を見せていた。

 資格を取るために看護師を目指した野村さんは、生まれ育った茨城を離れ、青森にある医療系の大学へ進学する。そこでも近くに道場がないか、いつも気になっていた。大学卒業後は、青森の病院へ就職して武道とは縁がない人生を歩んでいく。

 ところが勤務先の病院で、運命とも言える出会いが待っていた。就職先の病院に、たまたま空手を習っているドクターがいたのだ。その闘うドクターこと水木一郎さんは、新極真会・青森支部に通う消化器内科医。空手が大好きで、周囲の反対を押し切ってまで稽古に通う熱血漢でもある。野村さんの眠っていた(?)好奇心が一気に高まり、水木先生に武道への思いをぶつけてみると意外な言葉が返ってきた。

「私のことを思っていただいたのか、『君には無理だよ』と言われたんです。先生は稽古でケガをすることがあり、細かい作業が要求されるドクターの仕事との両立に苦しんでいたようなんです。ドクターほどではありませんが、看護師も手をケガするわけにはいかないので、かなりの覚悟がないと続けることができないと思われたのかもしれません」

 やんわりと止められた武道への道。だが水木先生は、そんな野村さんに新極真会の第21回ウエイト制東北空手道選手権大会(第1回青森県空手道選手権大会、2011年9月18日に開催)へ看護師として参加しないかと声をかけた。大会ドクターの席は、通常、試合場の目の前に設置されることが多い。初めて見る空手の試合に、野村さんのテンションは一気に上がった。

「でも、格闘技の試合を見るのは好きではないんです。相手が倒れる姿とか、痛々しくて見ていられません。私が好きなのは、礼儀作法、武道らしさです。その点、空手は相手が倒れたら立ち上がるまで背中を見せて正座していたり、帯を直して判定を待ったりする礼儀正しい競技ですので、とても感動しました」
 空手の魅力にとりつかれた野村さんは、道場へ通いたいという気持ちが大きくなっていく。それを察したのか水木先生が、新極真会・青森支部の鳴海沖人師範を紹介してくれた。すぐにでも道場に通いたい。だが、数ヵ月後には東京の病院に就職することが決まっていたために悩みを相談すると、今度は東京ベイ港支部の小井師範に挨拶をする機会を作ってくれた。小井師範は、「うちの道場には女性の先生もいますので、ぜひいらしてください」と快く受け入れてくれることとなった。東京へ行く前の4ヵ月間、鳴海師範の計らいで青森支部へ通う許可が出て、短期間で空手を初体験。そこで出会った仲間との稽古は、想像以上に充実していたようだ。

 そして今度は東京ベイ港支部の小井師範が、温かく迎えてくれた。初めて会った谷口亜翠佳先生も優しく、青森支部と変わらない心地よさを実感していた。
「この年齢(30歳)になって褒めてもらうことなんて、あまりないじゃないですか。でも道場だと顔を出すだけで『よく来てくれたね』と声をかけてくれたり、突きや蹴りが上達すると褒めてくれるんです。それが嬉しくて、嬉しくて」
 完全に空手のスイッチが入った野村さんは、仕事の夜勤明けでも寝ないで稽古をする時もあるほど、のめり込んでいく。組手稽古で腕に青あざができると、患者に心配されることもあるようで、この時ばかりは立場が逆転していると苦笑する。熱心さが認められたのか白帯から橙帯10級に昇級すると、次は青帯8級に飛び級した。“好きこそものの上手なれ”という言葉通り、武道が、空手が肌に合っているようだ。

 現在は黄帯6級となり、順調に階段を昇っている。昨年は、川崎東交流大会の組手の試合に初めて出場。結果は一回戦負けだったが、延長まで持ちこんだ。さらに郡馬県大会の型の試合に出場したが、体調不良で満足な稽古もできずに敗退と不本意な結果に終わった。今年の総本部大会では組手の試合でファイナルへ進出したが、準優勝に悔しがる。負けず嫌いの性格もあり、このまま引き下がれないことだろう。

「小井師範、亜翠佳先生をはじめ、仲間もみんないい人ですし、道場はホッとするような空間ですね。とくに亜翠佳先生の存在は、私にとって大きな存在です。型のチャンピオンになってから本格的に組手の試合に出ていますし、尊敬する部分が多いです。じつは亜翠佳先生が空手を始めた年齢(28歳)と、私が空手を始めた年齢が一緒なんです。だから、キャリアや年齢を言い訳にできないんですよね」

 そう言って笑う姿は、空手家としての凛とした美しさを持っていた。