品川港南口道場には、稽古中に元気な気合いの声を発しているシニアの道場生がいる。
とくに目立つのは、今年で63歳になる末田実さんだ。
末田さんは高校を卒業後、工場に勤務し、建築関係の会社を経て、37歳の時にタクシー運転手に転職した。現在、その道25年のベテランドライバーとして、都内の港区界隈を自分の庭のように把握していると言う。そんな元気印の末田さんが空手と出会ったのは、高校1年生の時だった。
「私は大分県の出身で、高校の時に福岡県へ引っ越しをしました。中学生の頃はバレーボールをやっていたため、高校1年生の最初の時にすぐに入部しました。でも、近所の知り合いに空手をやらないかと誘われて、バレーボール部を辞めて始めることになったんです」
幼少の頃に両親が離婚。母子家庭で育つ5人兄妹の長男で、活発な少年だったようだ。
福岡へ引っ越してきた時は、母親の務める会社の社宅で暮らし、近所で空手を習っている30歳くらいの男性と知り合った。その男性から、末田さんが高校1年の夏に道着を手渡され、「空手をやらないか?」と誘われたと言う。それが、すべての始まりだった。家の近所に極真空手の道場はなく、拳心館という空手道場の門を叩くこととなる。
「もう40年以上も前ですから、やっていることはメチャクチャでした。元気がよすぎる若者も道場に通っていて、顔面を殴ってくるし、何人も倒されていましたね。先生に『よし次!』と言われる度に、みんなが目を合わせないようにしていました。私は負けず嫌いでしたから立ち向かっていきましたが、先生から『あまりやりすぎないように』と注意されて、最後はグローブをつけてその若者たちと殴り合っていました」
高校を卒業した後は、自然と空手からも離れてしまう。それでも空手への情熱は残り、大山総裁の修行時代を題材に綴られた小説「風と拳」などを読んで目を輝かせたこともあった。道場へ足を運ばなかったのは、「巡り合わせが悪かったからでしょう」と振り返る。
都内の大森に住んでいた末田さんは、たまたま品川の都営住宅の抽選に当たり、2年前に引っ越してきた。そこで目に留まったのは、新極真会東京ベイ港支部の看板。自宅の横に空手の道場がある。しかも、憧れていた新極真空手の道場を見つけ、胸に熱いものが込み上げてきた。
60歳を過ぎていたが恥を覚悟で見学へ行き「もう歳なんですけど、大丈夫ですか?」と不安そうに尋ねると、意外にも小井師範は「大丈夫です」と温かく迎え入れてくれた。武道に年齢制限はない。末田さんは、それを痛感したことだろう。
いつも元気な末田さんだが、じつは胃ガンと大腸ガンが見つかったことがある。胃ガンは5年前に発覚したが早期だったため、除去に成功。大腸ガンは、昨年10月、胃ガン手術の経験があったことから念のために大腸を検査し、そこで発覚した。どちらも早期だったことが幸いして、除去に成功している。
「本当によかったです。検査を勧めてくださった病院の先生に感謝しています。元気でいられることが、本当に幸せですね。2ヵ月間、治療とリハビリのために稽古を休むことになりましたが、こうして復帰して空手をまた元気にやれることに感謝しています」
末田さんの気合いは、空手への感謝の気持ちの表れだったのだろう。65歳までは空手を続けたいと恥ずかしそうに笑ったが、その横顔からはまだまだ現役の決意が伝わってきた。